新阪堺線・芦原橋~三宝車庫前間開業時の運賃
新阪堺電車は1927年(昭和2年)6月25日付、発第214号、鉄道大臣宛の『旅客運送料金認可申請書』にて、運賃の認可申請を行い、最終的に1927年(昭和2年)8月29日に鉄道大臣の認可1を得ることになりました。1927年(昭和2年)10月1日の芦原橋~三宝車庫前間開業時の運賃について、この発第214号を参照し、その運賃の内容を述べていきたいと思います。
この記事は国立公文書館所蔵・『軌道・阪堺電鉄・大阪府・(大正12年12月17日~昭和2年10月11日)』を参照し、作成しました。
運賃について
運賃には4種類あり、普通乗車運賃(普通乗車賃金)、定期乗車運賃(定期乗車賃金)、回数乗車運賃(回数乗車賃金)及び団体割引乗車運賃(団体割引乗車賃金)があります。なお、()内は発第214号内での呼称です。
以下にそれぞれの運賃について、述べていきます。
普通乗車運賃
まず、普通乗車運賃について、全線を4区とし、2区までは1区ごとに4銭とし、3区からは1区ごとに3銭としています。そのため、全線の片道運賃は14銭となり、往復は倍額の28銭となります。
なお、1区の各区間は以下の通りです。
・芦原橋~鶴見橋通
・鶴見橋通~天津橋通
・天津橋通~住吉川
・住吉川~三宝車庫前
詳細は第1号表に示します。
表1中の※印部分について、8銭か4銭のどちらが正しいかが確定したら、報告します。新阪堺研究所では8銭の可能性が高いと考えています。
定期乗車運賃
次に、定期乗車運賃については2種類あり、普通定期乗車運賃と学生定期乗車運賃がありました。
普通定期乗車運賃には1ヶ月、3ヶ月及び6ヶ月定期があり、乗車回数は制限されていませんでした。
一方、学生定期乗車運賃は1ヶ月のみであり、日数は30日間であり、1日1往復の乗車回数の制限が設定されていました。
詳細は第2号表に示します。
「小學校尋常科以外及各學校生徒」は後の沿線御案内の「小學校尋常科以外ノ各學校生徒」の同じと思われます。
回数乗車運賃
また、回数乗車運賃についても2種類あり、1区100回券と1区32回券がありました。これらは無記名式とし、通用期限は設けられていませんでした。詳細は下記に示します。
先生、この回数乗車券の使い方はどうなっとるの?今とは随分違うような気がするけど。
乗車時に乗務員に「行先」を告げ、所定の区数分を改札はさみで切れ込みを入れてもらい、降車時にはさみを入れてもらった乗車券全てを乗務員に渡します。
つまり、4区分乗車する場合は4枚はさみを入れてもらうんじゃね。
団体割引乗車運賃
更に、団体割引乗車運賃も設定されており、特別団体(甲)、特別団体(乙)及び普通団体の3種類があり、人数が多くなるほど、割引率が高くなっていました。詳細は第3号表に示します。
申請時の監督官庁からの指示
新阪堺電車は前述のとおり、運賃の認可申請を行いましたが、当初は上記のものではありませんでした。新阪堺電車が申請後、大阪府の副申では❝支障無❞2となっていましたが、内務省土木局に回覧された際に、道路課の意見として、❝大体ニ於テ南海鉄道阪堺線(軌道)ト同一賃率ニテ支障ナキモ、松屋、三宝車庫前(現在ノ終点)間ヲ一区トスルコトハ賃金高率トナルヲ以テ三宝車庫前以南ニ関スル区間ノ運輸開始ニ至ル迄三宝車庫前、住吉川間ヲ一区ト為サシムルヲ適当ト認ム❞3が付されました。
これに基づき、1927年(昭和2年)8月9日に内務省土木局に御請書という形で、普通乗車運賃について、住吉川~三宝車庫前間を1区とし、5区まであったものを前述のように4区までとし、全線片道運賃を5区の17銭から4区の14銭に変更し、定期乗車運賃についても、同様に5区を削除し、4区までとしました。
また、これとは別に指示があったと思われ、普通乗車割引賃金(特別な日について、1割~5割の割引)を設定していたものを削除することになりました。
これらを訂正したうえで、最終的に、1927年(昭和2年)8月29日に鉄道大臣の認可を得ることになりました。
なお、当初申請しようとした、普通乗車運賃5区の17銭、定期乗車運賃5区の運賃は三宝車庫前以南に延伸し、運輸開始したときに改めて設定されています。
一応、内務省で並行路線である南海阪堺線との運賃比較がされとったんやな。
参考文献
- 『第九回営業報告書』,阪堺電鉄株式会社, 1927年10月より引用した。 ↩︎
- 国立公文書館所蔵・『軌道・阪堺電鉄・大阪府・(大正12年12月17日~昭和2年10月11日)』・1927年(昭和2年)7月27日附、保第9240号より引用した。 ↩︎
- 国立公文書館所蔵・『軌道・阪堺電鉄・大阪府・(大正12年12月17日~昭和2年10月11日)』・監第2194号附属内務省検討文書より引用した。 ↩︎
前述しましたが、この記事は国立公文書館所蔵・『軌道・阪堺電鉄・大阪府・(大正12年12月17日~昭和2年10月11日)』を参照しており、特に1927年(昭和2年)6月25日付、発第214号、鉄道大臣宛の『旅客運送料金認可申請書』をもとに作成しています。